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IBCグラント研究奨励交付対象者に聞く/岡野栄之先生


IBCグラント(※)研究奨励交付対象者に聞く
すでに有望治療薬候補を9種類にまで絞る

慶應義塾大学医学部長
慶應義塾大学生理学教室教授
岡野栄之先生

慶応義塾大学医学部長 岡野栄之先生 インタビュー

※日本ALS協会は、2014年夏に行われたIBC(アイス・バケツ・チャレンジ)による寄附を「ALSの原因究明と治療法に関する研究」や「福祉機器等の研究開発に関する研究」に活用いただくために、これからの活躍が期待される意欲ある研究者や研究機関などからの応募を受け、2015年度より3年間研究費を補助しています。

『私は2008年11月にALS確定診断を受けて落ち込みましたが、その翌月に東京国際フォーラムで実施された岡野先生の再生医療についての講演を拝聴する機会を得て大いに勇気づけられました。それから7年が立ちました。この間、研究は着実に進んでいると感じています。患者の希望の光です。一日も早く創薬が成功することを期待しています。』(以上、冒頭に研究助成部会所属、東京都支部の嶋守恵之さん)

―患者の切実な思いを先生にお届けしました。それでは時間も限られていますので、早速質問に移らせていただきます。まず、先生の研究室の概要・研究の内容を簡単にご紹介下さい。

大きく分けると、まず①脊髄損傷の再生医療としてiPS細胞から作成した神経の幹細胞を使って脊髄損傷の患者さんに対する臨床研究を行うこと。初めて人に応用することになりますが2017〜2018年にスタートできるよう準備中です。②二番目がiPS細胞技術を使って神経疾患の病態解明と創薬研究。この分野ではALSは重要な標的のひとつといえます。③として、私たちはすでに霊長類の遺伝子を改変する技術開発に成功していますから、この技術を生かし霊長類の疾患モデルを作ってALS等の病態解明や治療に役立てること。①〜③は応用研究ですが、さらにそれらを支える④神経脳科学に関する基礎科学の研究分野。この4本が大きな柱になっています。

―今回のIBCグラント研究助成金交付の対象となった研究は②の分野ですね。その内容を噛み砕いてご説明下さい。

簡単にいいます。私たちはiPS細胞から患者由来の運動ニューロンを作成する技術開発に成功しています。つい先週、その新しい論文を書き上げたばかりですが、これによって運動ニューロンがシャーレのなかで観察できるわけです。そしてALSに共通した特徴的な症状をシャーレで再現できた。これを改善する薬品を開発しようということです。もう少し詳しく言いますと、変異が異なっている2種(FUS変異、TDP-43変異)の家族性ALSのiPS由来運動ニューロンにおいて神経突起がだんだん短くなっていく、あるいは運動ニューロンが死んでいくとか複数の表現型を検出しました。

この表現型を、慶應大学の保管している既存薬1,500種類のライブラリーによって片っ端からスクリーニングしてALSの症状を抑えることのできる治療薬候補を見つけていきます。第一次スクリーニングではFUS変異株で95種、TDP-43変異株で81種の有力な治療薬候補を見出していますが、さらにこれらの既存薬で各変異株を入れ替えて検討して、現在では有望なもの9種類に絞ってきました。今後、有望既存薬が患者に有効かどうかを調べていきますが、対象薬品は全くの新薬ではなく承認されている既存薬ですから臨床応用などは比較的ハードルを低くして始められるのではないかと考えています。

―家族性に焦点を当てたのは原因が明確であるからですか?

そうなんだけど、さきほど言ったように違う遺伝子変異の細胞に共通して効く既存薬を選んでいるわけですから孤発性に効かないとは思っていません。TDP43は遺伝性ALSと孤発性ALSにも見られますしね。しかも運動ニューロンの細胞死を抑えているという基本的な部分で効果が出ているわけですから。孤発性に関しても名古屋大学の祖父江先生から細胞をいただいて研究を進めています。

―目標としている創薬は「治療薬」と言ってよろしいのでしょうか。ALSの進行を止める、あるいは抑制するものではなく…。

う〜ん。いい質問ですが、いまは何とも言えません。

―治療薬が発見されると次は失われた神経細胞の再生が視野に入ってきます。ALSではiPSは今のところ創薬に利用されていますが、再生医療の研究は本格的に始まっていないのでしょうか。

ALSの再生医療はなかなか難しいですね。ただ、iPS細胞から運動ニューロンを作成することは可能となっていますから、あとはどうやって移植して運動機能を回復させ再生するかがポイントですね。

―先生のプライベート面も少しお聞かせ下さい。先生は1歳の時にお父様を、また医学部在学中にお母様を癌で亡くされています。先生の人生や研究に何らかの影響を与えているのでしょうか?

父親の時はまだ物心もついていない時でしたが、母を失った時はさすがに衝撃でした。在学中に母を亡くし、さらには父の上司であった方で、私が節目節目にご相談したりご報告したり親身に面倒をみて下さった方が私の医学部卒業間近の頃、脊髄損傷で車いす生活になられました。母は慶應大学で闘病しましたが当時のベストの治療を行っても治癒しなかったわけで、いずれにしても、これらの経験が科学と医学に研鑽しようというモチベーションになったことは確かです。

―研究で楽しさと苦しさは?

新しい研究を始めようと計画を密かに樹てている時はワクワクします。実際にスタートさせるとうまくいかなくてがっかりするんですけどね(笑)。でも頑張っていると段々とクリアになってくる。この過程も楽しいですよ。うまくいかない時、そのプロジェクトが見当違いの方向を向いているのか、現場のミス、ヘマ等で結果が出ないだけで方向性は間違っていないのか、そのへんの見極めは大切ですね。

―研究にお疲れになった時の気分転換は…。

一日14時間は働いていますから。学生時代は体育会系でバレーボールをやっていましたし体力には自信があるのですが気分転換は大切です。今も慶應バレーボール部の部長をやっており学生の試合に随伴することもあります。その流れで若い人たちと飲んだりすることも楽しいです。

―どうもありがとうございました。最後にALS患者に向けてメッセージをいただけたら。

常々考えていることですが、ALSのように治療が厳しい疾患に対しての挑戦は「根本的に新しい発想と新しい技術で取り組むべき」。そういう気持で研究を続けています。

岡野栄之、研究奨励交付対象者

2015年12月1日東京・信濃町の慶應大学医学部にて。

(2016年1月号の機関紙「JALSA」97号から転載)

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