「ALS病因究明・治療法開発の歩みと展望」
名古屋大学大学院医学系研究科 特任教授
祖父江 元先生
ALS神経再生への挑戦
東北大学神経内科 割田仁・糸山泰人
筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、運動神経細胞がおもに障害され、その数は徐々に減っていってしまいます。この大切な細胞をどうやって守るかということが、現在もALS治療法開発の中心的なテーマです。そこへ最近、失われた神経細胞をうまく補充して元のように戻せないか、という全く新しい治療法開発の可能性が注目されています。それが「神経再生」です。
神経細胞にはもともと分裂して増える力がないことから、いったん出来上がった脳で神経細胞が新しく生まれてくる(再生する)ことはないと信じられてきました。ところが最近、脳の中の限られた場所ではわずかながら神経細胞が新しく生まれていることが分かりました。そのような場所には新しく神経細胞を生み出す力をもった「神経幹細胞」があることが分かったのです。にわかに神経幹細胞を利用して失った細胞を補う治療法、つまり細胞補充療法の開発が世界中で注目を集めるようになったのです。
神経幹細胞は未成熟な組織なのでそのままでは役立ちませんが、分裂して自分と同じ神経幹細胞を増やすことができますし、さらに神経細胞やグリア細胞(※)を生み出す力があります。ところが成人の脳や脊髄にある神経幹細胞の数はとても少なく場所も限られていて、しかも簡単には増えません。また、多くの場所では神経細胞ではなくグリア細胞しか生まれてこない傾向があります。このためALSなどの病気に対して自然と治癒に向かうような神経再生が起きることはなさそうです。
これらのことから、神経幹細胞を治療に利用するにはまず2つのことが必要です。
(1)充分な数の神経幹細胞を用意すること
(2)必要な神経細胞を生み出すようにはたらきかけること、こうした技術を編み出すこと
です。ここ数年、神経幹細胞を体外で育てて増やす技術(培養技術)が確実に進んできています。さらには神経以外の組織から由来する幹細胞(たとえば骨髄幹細胞や胚性幹細胞[ES細胞])から神経細胞を生み出す技術も開発されています。
さて、実際にALSの神経再生をねらうには、大きく分けて2つの細胞補充療法が考えられます。一つは培養して作った幹細胞や神経組織を脳や脊髄に入れる「細胞移植」療法であり、もう一つはもともと脳や脊髄にある神経幹細胞を薬剤などで上手に誘導して再生を実現する「活性化」療法です。どちらもALSという病気のモデル動物を用いた研究が不可欠です。東北大学神経内科では、私たちが新しく開発し充分な大きさを持つラットのALSモデルを用いて4年前から神経再生の研究を始めています。細胞移植療法の開発は共同研究として慶応義塾大学を中心に、そして、活性化療法の開発研究は東北大学で現在進行中です。
ALSのように脳から脊髄とかなり広い病変の範囲で再生を引き起こす、それは簡単なことではないかもしれません。また単純に数を補えばすむのではなく、新しく補充された細胞がほかの細胞と間違いなくつながり、遠い筋肉まで長い神経の枝を伸ばすのを上手に助ける手だてが必要です。
さらに、補充された細胞がALSという病気の中でもなお生き延びられるように体内の環境を変える工夫がぜひとも必要です。これには病気そのものの解明が不可欠です。危険性や倫理的な面に配慮することもとても大切です。
このような幾多のハードルがあってもなお神経再生という素晴らしい可能性に挑戦し、新しい治療法を現実のものとするために、私たちは多くの人達と協力して着実に研究を進めていきたいと考えています。(平成17年7月6日)
(※)グリア細胞:神経細胞とともに脳や脊髄を構成する細胞。神経細胞の働きを調節しサポートする大切な役割を持っている。