治療の進め方

ALS関連の講演・論文など


「今までのALS観」から「新しいALS観」へ

都立神経病院院長 林 秀明

1.呼吸筋麻痺で亡くなるまでの患者さんの経過から作られた、シャルコーの「今までのALS観」について

シャルコーが1869年に初めて報告したALSは、シャルコーの死後、さらに多くの臨床医が経験して、死後32年経って開催された“シャルコー生誕100年記念ALSシンポジウム(パリ:1925年)”で、そっくりそのまま「ALSという病気の基準」にされました。そのALSの基準は、「上位運動ニューロン(大脳運動皮質にある運動神経細胞の‘べッツ巨細胞’と、その枝の集まりの錐体路)とその情報を筋肉に伝える下位運動ニューロンの脊髄の運動神経細胞(手足や体幹の筋を動かす)と橋と延髄の脳運動神経細胞(会話や嚥下に使う筋)の両方の運動ニューロンが障害される変性疾患とされました。(「ALSという病気の概略」の各図を参照)

このようにして確立されたALSの考えは、すべての医学関係の教科書に記載され、医師を通して世界の国々に浸透し、そのまま百数十年以上にわたって変更されずにきました。シャルコーは、呼吸筋麻痺までのALS患者さんを対象にまとめたので、その患者さんと家族への対応も、初めから呼吸筋麻痺までの対応でした。

そのために、医師は長い間にわたって、ALSを「呼吸筋麻痺がターミナル(終末=「死」)であって平均3年で亡くなる、原因がわからない(no cause/ノー コーズ)、治療法の無い(no cure/ノー キュア)、希望の持てない(no hope/ノー ホープ)悲惨な病気である」としてALS患者さんに対応し、終末期のがん患者さんと同様に、「病気を患者さん自身には知らせないで家族のみに知らせていく」という対応をしてきました。このようなことから、「ALSになったらもうダメだ」という医師の気持ちが知らず知らずのうちに患者さん家族を含む一般の社会に浸透していきました。

このように浸透していった背景には、「医師と患者さんとの関係」にパターナリズム(※)という「全面的にお医者さんにお任せするという関係」が強く働いていて、医学情報が医師から患者さん・ご家族へと一方的に伝えられるという社会状況も関係していたと思われます。

(※)パターナリズム(父権的温情主義):専門的な知識を持っている医師が、医療については全面的に任せてもらうという立場で患者さんに対応する一方で、患者さんは、自分では病気が治せないと思い、判断も含めて全面的に医師に依存するという、医師と患者さんの関係。

 この呼吸筋麻痺までの観察から、シャルコーが医学的に確立したALSの考えをもとにALSの医療・ケアを考えていくALSの見方を「今までのALS観」と言います。

筋萎縮性側索硬化症の全臨床経過

このようなパターナリズムのもとでの「今までのALS観」は、1980年代に入ってから、呼吸筋麻痺を越えて長期の呼吸療養ができるようになり、一般的にもパターナリズムから「患者さん自身が決めていくということ」が理解されるような社会状況になってくるまでは、医学的にも一般社会的にも、一般常識的なALSの考えとされてきました。

2.最近になって新たに呼吸筋麻痺を越えた経過から生まれた「新しいALS観」について

a.) 呼吸筋麻痺を越えて長期療養が可能になってきたこと

1980年代にはいって、遺伝子等の医学研究の著明な進展とともに、ポータブルの呼吸器・胃瘻(いろう)造設等の医療機器および医療・ケアの技術の目覚しい発展があり、ポータブルの呼吸器の補助などで、長期にわたって、在宅も含めた呼吸療養ができるようになってきました。そして、1990年代に入ってから、その患者さんの数も年ごとに増えてきました。このような呼吸筋麻痺後の患者さんの医療と医学的な臨床や病理の経験が積み重ねられてくると、ALSの呼吸筋麻痺をターミナル(終末=「死」)としてきた「今までのALS観」では、このようなALS患者さんを含めたALSの全体を捉えきれなくなってきました。

つまり、「ALSの呼吸筋麻痺はALSのターミナル(終末=「死」)ではなくて、ALSという病気の中の1つの運動筋障害で、ALSの全臨床経過の1つの過程である」ということが医学的に明らかにされてきました。このことは、100年以上の長い間、呼吸筋麻痺のベールで覆われていたALSの全体像からベールが取り除かれて、新しい全体像が見い出されたともいえます。

このように、新たに呼吸筋麻痺後のALSの経過を含めてALSの全体像を医学的に捉えなおして、ALSの医療・ケアを発展的に考えていくALSの見方を、呼吸筋麻痺までの「今までのALS観」と区別して、「新しいALS観」と呼んでいます。図1に示すように、これからのALSは、「今までのALS観」を包み込んだ、この「新しいALS観」で医療・ケアを考えていくことになっていくと思われます。

b.)一般社会に根強く残っている「今までのALS観」の中で生きていくことについて
1.「新しいALS観」が育つ社会状況において少しずつ変化していること

現状のALS患者さん・ご家族を囲む一般の社会の人々の実際は、いまだ、呼吸筋麻痺後の療養を含めた「新しいALS観」には馴染んでいません。そして、「新しいALS観」に沿った療養環境、特に呼吸筋麻痺後の療養は、依然充分に整備されている状況にはなっていません。ですから、現在の患者さんとご家族は、それぞれの生活している地域で、継続的に安心して日常の生活が維持していけるように、かかわっている皆さんと一緒に療養上の悩みや問題を一般の人々の目にも見えるようにしていく時期にいることを理解しておくことが大切です。

実際に、同じような状況で生活している患者さんとご家族にとって、このことは共通のことでもあったために、全国的に患者さん・ご家族と支える人々の間で、互いに自分たちの地域から周辺へと交流の輪が広がるようになってきました。そして、1986年になって、これらの問題について皆と一緒に取り組んでいく繋がりの組織が大切であるという考えが結実し、「日本ALS協会(Japan ALS Association =JALSA)」(患者・家族とともに歩む会)が発足しました。

また、「医師と患者さんとの関係」の社会状況も、少しずつですが、今までの「患者さんに対して医師が優位の立場に立ってかかわっていくパターナリズム」から、「インフォームドコンセントや自己決定権(※)など、医師と患者さんは同じ立場に立って一緒に考えていく(shared decision making/シェアード ディシジョン メイキング)という患者さんの権利を尊重する立場」に変わってきています。

(※)「説明を受けて、その内容を理解して同意すること、そして、医師に全面的に依存するのではなく、自分で方針を決めていくこと。

 このような流れの中、今までの『ALS患者さんには病気を知らせない』ということについても、日本神経学会の「ALSガイドライン」(2002年)で、「患者さんとご家族に同時に知らせていく」と記載されるようになってきています。

そしてその第一歩を踏み出し始めたJALSA(日本ALS協会)は、「新しいALS観」が導入された早い時期から、「患者さんとご家族の横の繋がりで、患者さんの側から発言して医療者と一緒に考えていく」という考えのもとで活動してきましたが、今の社会に育ち、受け入れられるようになってきていることを示しています。

2.今、世界の中で、ひとりのALS患者として生命(いのち)を大切に生きていくこと

これまでのALS患者さんは、呼吸筋麻痺後のALSの療養とケアを考えることをしてこなかった「今までのALS観」と、医師と患者さんとの関係では「医師が患者さんに優先して、全面的にお医者さんにまかせていくパターナリズム」に囲まれた社会でALSとなりました。

そうした中で、呼吸筋麻痺を越えて生きていくという「新しいALS観」が生まれ、信頼できる医師と一緒に「正しくALSを理解して、最終的に自分たちで生きていく道を決めていくという状況に変わりつつある社会」に巡り合わせたということになります。そのため、いまだ、患者さんとご家族だけではなく、医師を含めた医療者や多くの一般社会の人々にも、「新しいALS観」や「自分たちで判断していくという生き方」は、充分には馴染んでいないのが現状ではないかと思われます。

これからの患者さんとご家族は、ALSの一部である呼吸筋麻痺後の療養を含めて自分たちで判断していかねばならない状況におかれることになるかと思いますが、そのときには医師と一緒に、ALSの全体の経過の中で今の自分のALSの状態がどこにあるのかを充分に理解して、自分自身の身体の一部となっているALSをそのまま包み込んで生きていくよに考えることが大切となっています。

そして、日常生活を送る上で医療や福祉の面で障害になっていることがあれば、自分たちを囲む療養環境の現場から、一般の人々にも見えやすいように具体的に示して、周囲の皆さんと一緒に、よりよい療養環境をつくっていく取り組みに参加していくことも大切となっています。

このことは、著名な宇宙物理学者であって、またALS患者でもあるホーキング氏が患者さんの立場から述べている部分がありますので記しておきます。

“It is very important that disabled children should be helped to blend with others of the same age. It determines their self‐image. How can one feel a member of the human race if one is set apart from an early age? It is a form of apartheid.
Aids like wheelchairs and computers can play an important role in overcoming physical deficiencies; the right attitude is even more important. It is no use complaining about the public’s attitude about the disabled. It is up to disabled people to change people’s awareness in the same way that black and women have changed public perceptions. (Stephen Hawking, 1992)”

(障害児が、同じ年齢の他の子供たちに混じって生活できるように手助けしてあげるのは大変重要です。彼らの自己に対するイメージがこれによって決定されます。幼い時から切り離されたとしたら、どうして同じ人類の一員だと感じられるでしょうか? それは一種のアパルトヘイトです。
車椅子あるいはコンピューターのような補助手段は、肉体の欠陥を克服するのに役立ちます。しかし、正しい姿勢で臨むことはそれにも増して重要です。障害者に対する大衆の態度に不平を言うだけではしかたがありません。黒人や女性が大衆の認識を変えたのと同じように、大衆の意識を変えるのが障害を背負った人々の仕事です。(ホワイト・グリンピン/林 一・鈴木圭子訳『ホーキング-天才科学者の光と影-』早川書房、1997,p.260.)

呼吸筋麻痺をとおしてALSの全体を考えていく「新しいALS観」が生まれた今の社会で生活しているALSの患者さんには、ALSという病気を「新しいALS観」で正しく理解し、自分自身が社会の一員として「生きている」今の社会を信頼して、「生かされている」今の社会に感謝して、皆と一緒に、これからの一日一日「今、世界の中で、一人のALS患者」として、世界のALS患者さんに共通する「新しいALS観」の実践を、日本から発信してその連帯を深めていって欲しいと思います。

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